小学4年生。テストを持ち帰った日に「よく頑張ったね」と言うと、「別に。○○くんはもっと上だし」と答案を裏返されました。同じ言葉で顔がほころんでいたのは、ほんの1年ほど前のことです。夕食の席で「そろそろ塾を考えようか」と切り出せば、「勝手に決めないで」と席を立つ。怒っているわけでもなさそうなのに、こちらの言葉だけが素通りしていきます。

先に答えを書きます。「10歳の壁」は、子どもの能力の前に立ちふさがる壁というより、小学校3年生ごろまで機能していた親の関わり方の有効期限が切れる時期です。子どもが変わったぶんだけ、こちらの持ち物も入れ替える必要があります。

入れ替えるのは、細かい言い回しではありません。ほめ方(評価)、決め方(決定)、把握の仕方(情報)の3つです。しかも、この3つには切り替えやすい順番があります。その順番から先にお伝えします。

10歳前後で切り替える3つの関わり

小学校低学年のころ、家庭での関わりはおおむね次の形で回っていました。親が良し悪しを判定し、親が決め、親が全部を把握している。この3つがそろっていたからこそ、「すごいね」の一言で子どもは動き、「次はこうしようね」で段取りが通りました。

10歳前後から、この3つが順番に効かなくなります。置き換え先は次のとおりです。

関わり小学3年生ごろまで効いていた形10歳前後で起きること切り替え先
評価親が「すごい」「えらい」と判定する親の判定より、同級生の中での自分の位置が気になる判定をやめ、見えた事実だけを言葉にして返す
決定親が決めて、本人は従うかどうかだけ内容の良し悪しより、勝手に決められたことに反発する決める場に本人を入れ、選択肢を一緒に並べる
情報親が予定も交友関係も全部を把握する親に話さない領域が生まれ、聞くほど口が重くなる聞き出す側から、必要な情報を渡す側に回る

順番には理由があります。評価をやめるのは家の空気をほとんど乱さず、情報の把握をやめるのは親にとって最も怖い。だから、摩擦の小さいものから外していくほうが続きます。

判定の言葉を
減らす
決める場に
本人を入れる
全部を把握するのを
やめる
本人の基準で
動き始める
切り替える順番。1段ずつ、2〜3週間ほど様子を見てから次に進む

最初の3週間でやること

  1. 「すごいね」「えらいね」を、見えたことの報告に置き換える(「昨日より早く机に向かってたね」)
  2. 他の子やきょうだいの名前を、比較の材料として出すのをやめる
  3. 塾・習い事・持ち物など、本人に関わる決定を1つ選び、選択肢を2つ以上示して本人に選んでもらう
  4. 本人が選んだほうが自分の考えと違っても、その回は採用して結果を見る

3つ目と4つ目は対で行います。示した選択肢のうち親が望むもの以外を認めないなら、それは選択ではなく確認作業です。子どもは二度目から、その前提で答えるようになります。

「10歳の壁」という言葉が指している中身

そもそもこの時期に何が起きているのか。発達の側から見ると、輪郭ははっきりしています。

こども家庭庁が公開している放課後児童支援員向けの研修教材は、児童期をおおむね6歳〜8歳、9歳〜10歳、11歳〜12歳の3つの時期に分けて整理しています。このうち9歳〜10歳頃の特徴として、「論理的な思考や抽象的な言語を用いた思考が始まる。道徳的な判断も、結果だけに注目するのではなく、動機を考慮し始める。」「同年代の集団や仲間を好み、大人に頼らずに活動しようとする。他者の視線や評価に一層敏感になる。」と述べられています。

さらに、この時期は「言語や思考、人格等の子どもの発達諸領域における質的変化として表れる『9、10歳の節』と呼ばれる大きな変化を伴っており、特有の内面的な葛藤がもたらされる。」と説明されています。

見落とされがちなのは、その1つ手前の時期についての記述です。同じ教材は、おおむね6歳〜8歳頃について「大人に見守られることで、努力し、課題を達成し、自信を深めていくことができる。その後の時期と比べると、大人の評価に依存した時期である。」と書いています。

「すごいね」が効いていた理由

低学年までは、親の評価が自信の主な供給源でした。そこを抜けると、供給源は同級生の中での自分の位置や、自分で立てた基準に移っていきます。ほめ言葉が効かなくなったのは、言い方が下手になったからではなく、受け取る側の基準がどこにあるかが変わったからです。

ここで、「壁」という言葉そのものにも一度立ち止まっておきたいところです。国立教育政策研究所の生徒指導リーフは、「中1ギャップ」という別の呼び名について、「便利な用語を用いることで、目の前で起きている問題を理解した気になってはなりません。実際に何が起きているのかを冷静に捉えることから始めましょう。」と注意を促しています。同じリーフは、「便利な用語を安易に用いることで思考を停止し、根拠を確認しないままの議論を進めたり広めたりしてはならない。」とも書いています。

中学校段階の話を扱った資料ですが、言葉の扱い方としては「10歳の壁」にもそのまま当てはまります。「壁が来た」と名づけた瞬間、目の前の子に何が起きているかを見るのをやめてしまう。先ほどの研修教材も、発達の時期区分について「発達は子どもを早く次の時期へ移行させようとする考え方ではない」「子どもにとっては固有の意味と価値をもつ」としています。乗り越えさせる対象ではなく、関わり方を合わせ直す区切りだと考えるほうが、実態に近くなります。

なぜ、これまで効いていた言葉が届かなくなるのか

同じ研修教材は、児童期の子どもが「発達に応じて『親からの自立と親への依存』、『自信と不安』、『善悪と損得』、『具体的思考と抽象的思考』等、様々な心理的葛藤を経験する。」と整理しています。

注目したいのは、自立と依存が並んで書かれている点です。この時期の子どもは、親から離れたい気持ちと、まだ頼りたい気持ちを同時に抱えています。だから、突き放しても抱え込んでも、どちらもうまくいきません。親に必要なのは態度を一方に振り切ることではなく、領域ごとに持ち方を変えることです。

決定に本人を入れる、という切り替えには、家庭の外にも裏づけがあります。こども基本法の基本理念には、「全てのこどもについて、年齢及び発達の程度に応じ、自己に直接関係する全ての事項に関して意見を表明する機会・多様な社会的活動に参画する機会が確保されること」「全てのこどもについて、年齢及び発達の程度に応じ、意見の尊重、最善の利益が優先して考慮されること」と掲げられています。法律が10歳の子に想定している扱いと、家庭の中での扱いが離れているほど、本人の側に違和感が積もります。反発の中身は、内容への不服ではなく「自分のことなのに、その場にいなかった」という抗議であることが少なくありません。

「この子のため」の内側にあるもの

この時期に増えやすいのが、先回りと比較です。つまずいて落ち込む姿を見たくないので難所を先に片づけておく。奮起してほしいので他の子の名前を出す。どちらも子どものためのつもりですが、実際に下がっているのは親自身の不安です。親の不安を下げるために子どもの経験を先に片づけてしまうと、本人の手元には、自分で決めて自分で確かめた記録が残りません。

先ほどの教材は、9歳〜10歳頃について「この時期に自己の多様な可能性を確信することは、発達上重要なことである。」とも述べています。可能性を確信するには、自分で選んで、その結果を自分で受け取る回数が要ります。忘れ物をして困る、選んだ習い事が合わずにやめる。こうした小さな失敗は、防ぐべき事故ではなく、この時期だからこそ小さな代償で済む練習です。

同じ10歳でも、表れ方はそろわない

「10歳の壁」の記事を読んで、うちの子には当てはまらないと感じた方もいると思います。それは読み違いではありません。

同じ研修教材は、時期の区分について「この区分は、同年齢の子どもの均一的な発達の基準ではなく、一人ひとりの子どもの発達過程を理解する目安として捉えるべきものである。」と明記しています。10歳という年齢は、全員が同じ日に同じ変化を起こす目盛りではなく、起きる順番も速さも子どもごとに違います。

加えて、生まれ持った受け取り方の傾向によって、同じ切り替えが別の意味で届きます。次の表は、性質の異なる2人の子に、先ほどの3つの切り替えがどう届くかを並べたものです。

受け取り方の傾向10歳前後での表れ方切り替えで先に手をつける場所急ぐと起きること
準備が整ってからでないと始められない。出来ばえにこだわる着手が遅くなり、途中の姿を見せたがらない判定の言葉を減らす。進み具合の点検もいったん止める決定を渡すのを急ぐと、準備が終わらないまま責任だけが増えて固まる
気持ちが通じている相手の言葉しか入らない。関係が冷えると動けない口数が減り、親の機嫌や表情を読むようになる決める場に一緒に座る時間を作る把握をやめるのを急ぐと、関心を引き上げられたと読んで先に関係が冷える

同じ「10歳の壁」という現象名の下で、片方には評価から、もう片方には関係から手をつけたほうが通りやすい。切り替える中身は共通でも、どこから外すかは相手によって変わります。

上の子と下の子で反応が逆になるのは、途中で育て方を変えたからではありません。もともとの受け取り方が違えば、上の子に効いた順番をそのまま当てても同じようには動きません。

切り替えたのに、変化が見えないとき

ここまで挙げた3つの切り替えは、10歳前後の多くの家庭で機能します。判定を減らし、決定を渡し、把握を手放す。この順に進めるだけで、夕食の席の空気が変わる家庭は少なくありません。

一方、同じ順番で進めても家の中が変わらない場合があります。進め方が雑だったからではなく、切り替えの前に置くべき見立てが2つ抜けているためです。

1つは、いま見た気質です。どの順番で、どれくらいの速さで外すかは、相手の受け取り方の傾向で決まります。順番を間違えると、切り替えそのものは正しくても、子どもの側には「急に放り出された」としか残りません。

もう1つは、その子の時期です。同じ子どもの中でも、エネルギーの向きが外を向く期間と、内側にこもる期間が入れ替わります。内側にこもっている期間に決定を渡しても、決める力がまだ手元にありません。このとき目盛りにするのは行動の量ではありません。朝の支度や食卓で押し問答になる回数が減っているか、そちらを見ます。

この記事のポイント

10歳の壁は、子どもの中に現れる欠陥ではなく、親の側の持ち物の入れ替え時期です。入れ替えるのは評価・決定・情報の3つ。ただし、どこから外すかは相手の気質と今の時期で変わります。言い方を磨く前に、この2つの見立てを置いてください。

なぜ同じ一言が子どもによって正反対に届くのか。その仕組みと、叱る・ほめる場面での線の引き方は、声かけ・コミュニケーションに整理してあります。ほめ方の本を何冊も読んでも手応えがなかった方は、言葉を探す前にそちらを開いてみてください。

よくある質問

10歳の壁は、どの子にも来るものですか

来る・来ないの二択で数えられるものではありません。思考の質が変わり、他者の視線に敏感になるという変化自体は多くの子に起きますが、表に出る形と時期は大きく違います。学習面に出る子、友人関係に出る子、家庭での口数に出る子がいて、はっきりした変化として見えないまま通過する子もいます。また、中学進学時のいわゆる「中1ギャップ」を扱った国立教育政策研究所の資料は、「多くの問題が顕在化するのは中学校段階からだとしても、実は小学校段階から問題が始まっている場合が少なくありません。」と指摘しています。10歳前後の変化について直接述べたものではありませんが、見えやすい時期と始まっている時期は必ずしも一致しない、という点は同じように当てはまります。

中学受験の準備中です。管理をやめる余裕がありません

管理をやめる話ではなく、3つの層のうちどれを握り続けるかの話です。親が持ち続けてよいのは情報の層です。通塾の送り迎え、模試の申し込み、教材の在庫。ここは低学年のころと同じように引き受けてかまいません。

外すのは判定の層が先です。返ってきた偏差値に親の感想を足すのをやめ、志望校や進める順番を決める場には本人を座らせます。判定を握ったまま管理だけ強めると、点数は親のものになり、本人は悪い結果を先に隠すようになります。隠された結果は、対策の材料としても使えなくなります。

「壁」を乗り越えさせるために、何かやらせたほうがよいですか

やらせる形で足すと、判定と決定を親が握り直すことになり、切り替えとは逆向きに進みます。この時期に増やしたいのは課題の量ではなく、自分で選んで結果を受け取る回数です。習い事を1つ選ぶ、家の中で担当を1つ持つ、週末の予定を自分で組む。中身は何でもよく、決めたのが本人であることのほうが効きます。

学校に行きたがらない日が出てきました。関わり方の問題でしょうか

登校をしぶる、眠れない、食欲が落ちる、表情が戻らないといった様子が重なっているときは、家庭での関わり方の問題として抱え込まないでください。お住まいの自治体の教育相談窓口や、学校のスクールカウンセラー、担任の先生は、保護者だけで先に使ってかまいません。子ども本人が直接使える先としては、文部科学省の「24時間子供SOSダイヤル」(0120-0-78310)があります。眠れない、食べられないという状態が続く場合は、小児科など医療機関への相談も検討してください。